2014


年が明けて、緩やかに滑り出したなぁと思っていたら、1月は、もう10日。
去年は、家族をはじめ、支えてくれる存在の大きさやありがたさ、
向き合い方について、とても気付きを与えられ、感謝を深くした一年でした。。


今年は、その気づきともっと調和していけるように、
自身を生き生きと活かし、周囲と虹のような円を描いていこうと思っています。


衣食住を共にしながら家族と生活する事も、必要としてくれる誰かがいてできる仕事も、
どこかへ行ったり、仲間と笑い合ったり、はたまた自分を閉ざしてしまう時も、
私にとって写真と関わるのは、全てを内包しながら手をつないでいるような感じで、
これからは、その手をたくさんの人たちと繋げるものにしたいと思っています。


自身の未熟さを優しく受け入れる事は、
ある意味で、達人の進化なんだと知りました。


今年も、みなさんとたくさん笑えますように。

遠くを臨む


学生の頃や20代の頃、わりと最近まで、旅行が苦手でした。
おそらく、旅行といえば修学旅行が思い出として色濃く、
集団行動が苦手だった私にとって、乗り切るのが大変だったからなのでしょう。
そして、「いつもの風景の中で自分なりの視点を切り取れるようになりたい」と、
そんなテーマを掲げて写真と長年向き合っていた為か、
日常を離れた場所で何かと出会う事に、魅力を感じていなかったのです。
新しい場所に行けば新しい景色にシャッターを切りたくなる。
でも、それでは独自の目線を獲得できない、とか、
なんて生真面目風な思い詰め方をしてたんだろうと、
その頃の自身を(今思えば、ですが)ちょっと笑えてしまうほど。


「どこかへ行き、写真を撮りたい」というモチベーションが高ぶっていてたこの一年、
その想いに常に駆られながらわくわく色んな場所に出かけていたなと、
今年を振り返りながら、旅が苦手だった自分をふと思い出して、とても信じられないなぁと思ったのです。


どうして変化したのだろう。


たぶん、写真だけではない、大切な事を大事に紡ぐ生き方を編み出す為に、
様々な視点やアイデアや実感を求めるようになったから。
その一つの方法として「日常を離れた遠くへ行く」のが、有効で自然だった。
のかもしれません・・・


そして、旅を重ねてから気付いたもう一つ。
いつもの生活サイクルから環境を変えてみると、日々、何をどのように感じ、行動に結びついているか、
別の視点で捉える事ができると知り、その必要があったんだなぁ、という事。
日常を変えたいと、どこかで思っていた自分を知る事になったのです。
始る前にはわからないけれど、帰ってくると、予想もしなかった新しいアイデアが心にある。
旅の醍醐味とは、こういうコトなのかなぁと、ぼんやりと思いました。


そしてもう一歩踏み込んでみれば、旅への動機はいつも写真と共にあり、
大きな前提になっている事は、ずっと変わらないのです。
伝えたい事象や人々の物語がある場所へ導かれ、ファインダーに収める。
伝える事が役割で、そうありたいと、ますます思う師走です。

奄美大島


今年最後の写真の旅路は、奄美大島に。


初めて訪れた南の島は、
自然のエネルギー濃くみなぎっていて、
それでいてさわやかな心地になる場所です。

空と海の色と浜と、グラデーションに吸い込まれそうになります。

島の小学生は、目が合うと彼らの方から
「こんにちは」
と、声をかけてくれます。
(そういう子に何人かあったので、みんなそうみたいです)


この地に息づく伝統工芸にまつわる様々な事を一つずつ知りながら、
日本人が土地と結びつきながら紡いできた素晴らしい事実を、
一つ一つ、噛み締めています。




おめでとう


「まさか自分が結婚するとは」
結婚する事になったから、写真を撮ってほしいと連絡があった時に、
さっちゃんは、そんな雰囲気の事をゆっていた。


式の直前、大きな鏡の前で、どんどん美しく変身しながら、
1年と少し会わない間に、どんな事があって、その途上で旦那さんと出会ったのか、
きらきらの瞳で、話してくれた。


「バリは願いが叶うところ」
と、さっちゃんは教えてくれた。



京都という日常を離れた場所で、
久しぶりの友人たちに会い、たくさん色んな事を話した。


いつも輝いていて、私にとっては眩しい存在の彼女達も、
それぞれに様々な想いをもちながら、
周りの人をとても大切に日々を営んでいる姿に、自分の心が緩むような気がした。
足下からしかできないけれど、それが大切で、それでよいのだと。


遠くに住んでいる友達とは、たまにしか会えなくて、別れれば、またそれぞれの日常に戻っていく。
その関係だからこそ、溢れてくる会話や、気付きがたくさんあると、初めて知った。

京都へ

去年、チェンマイのヨガリトリートで一緒だった、京都に住んでいるさっちゃんの結婚式の撮影に。
京都に行ける事と、お友達との再会と、二つの久しぶりと楽しみで浮かれる心を鎮めながら
(浮かれていると、いろんな事をすぐ忘れるので)、3泊分の諸々と機材など大荷物と共に新幹線に乗り込んできました。


京都は私にとって、一緒に働いていたお友達が移住した場所。
和菓子職人に転身し、遊び心いっぱいの創作和菓子で人気をほこる「日菓(にっか)」を営むうっちー。
去年、やっとこさ設けた新しい拠点の工房を見せてもらい、
受注でしか創っていないお菓子なのですが、
お友達にぜひ差し上げたくて、前日に頼んでつくってもらったのです。




ハートの形のお菓子は、「結婚初心者マーク」という名前で、
半分に色づいたイチョウの葉っぱが「初心者マークみたい」と思ったところから、
出来上がった作品だそうで、
こちらを、まさに結婚初心者だったさっちゃんにプレゼントする事ができました。


スウェーデンで、石畳の古くからの街を眺めながら、
京都に感動する外国人の気持ちが初めてわかったように思ったけれど、
日本人にとっても、何度訪れても、
荘厳で、京都は静かに美しく佇んでいて、
この素晴らしい文化が続いてきてくれた、
その事に、敬意があふれると共に、
ただただ感謝したくなりました。




きらめ樹ツアー冬の陣


富士宮の森へ、再び。春から夏に皮をむかれた樹木は、秋〜冬に収穫の季節をむかえます。
今回は、伐採のプロセスを体験。皮むきの季節にあんなにしっとりしていた木肌は、サラサラに変化して、高さ十数メートルの樹をパキパキと音を立てて傾けて、どっすーんと倒す、、、樹はバウンド。楽しい。。


たった一本切り倒すだけで、森はとても明るくなりました。


森に光が入り、生き物が戻ってくるめぐりを、自分たちの手で始める事ができるんだなぁ、光の入った森と一つになるような実感を、幸せに噛み締めてきました。
「自然という命と繋がっている実感は、安心感を与えてくれる」と、
ネイチャーガイドのさやさんは、おっしゃっていました。

「都会の森作りをぜひ広めてください」という言葉を、さやさんと大西さんから頂く。
森に行き、帰ってきて、想いを巡らせて、また森へと足を運ぶ。
その積み重ねの中で、森を都会で育む術について、仲間との対話によって、またたくさんの気づきが降ってくる。
森に与えられてばかりなので、少しでも森の力になれますように。


【きらめ樹プロジェクト】ティザーサイトがopenしています
http://www.kirameki-project.com/